普段の日常生活で外出中に周囲に他人がいる状況で会話することはあるが、だからといって割り込まれたりはされないし、逆に自分がそういう人を見かけて何か突っ込みたくなったとしても割り込んだりはしない。
にもかかわらずネットだと平気でそういう迷惑行為をする人が出てくる。ちょっとモラルが低すぎやしないだろうか。
赤の他人が私に話しかける
民族人種に関係なく、たまたま居合わせた人と笑み交わし、言葉を交わし、歓待する。歓待される。人間はどこにいっても人間で、そして少しずつ違っている。違った場所には違った人がいて、だから旅は面白く、楽しい。
こうやって続いていく話題のアレコレが全部楽しいです。
旅をして面白い経験してきた人はどんどん旅の話をすればいいと思う!
僕もインドでの経験を書いても良いんですが、今回は地元の話。
ヨガを教える場所を探して、公共施設関係をたくさんまわったんですよ。
"講師が主催"で"お金を取る"という条件だと出来ないことが多いんです。
直接話すほうが電話するより交渉がうまくいきそう
という勝手なイメージで、出来る限り直接足を運びました。
そのときの反応が実に様々で
「ここでそういうのをやってもらっちゃ困る」と冷たくあしらわれる事もあれば
あきらかに業務外のところまで踏み込んで親身に相談乗ってくれたり
全然関係ない話まで進んで楽しく雑談したり。
”場所を確保する”という事しか考えてなかったので
公民館にいる受付のおじちゃんおばちゃんとの交流なんて頭になくて
こういうのがすぐ近くにあったんだな、と感動したのを覚えてます。
苦労して今の足利市民プラザへたどり着いたとき
受付のお姉さんが天使に見えました。
そしてその天使(仮名)さんから、この前さらっと
「この間偶然HP見つけましたよ」と言われてドキっとしましたよ。
このあたりの人を”赤の他人”と呼ぶのは冷たすぎるのですが
全部『人との距離ってそんなに遠くないんだな』と思った瞬間です。
当たり前だけど、皆、同じ世界で同じように生きてる人間で
”赤の他人”との距離だって、実はそんなに遠くないんだと思います。
だから赤の他人になれなれしくしろ、とは言いませんが
ネットじゃなくても、赤の他人になれなれしくしても大丈夫な場面って
実は結構多かったりするんだよね。
ありがとう。
